田中 秀夫 先生
学科 人文学部人間栄養学科→人間栄養学部人間栄養学科
主な担当科目 人間栄養学総合講義
勤務期間 2007年~2013年
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田中秀夫先生は、聖徳大学の中に理系の学科として人文学部から独立した人間栄養学部を作る任務を背負って、2007年(平成19年)4月に入職されました。2010年(平成22年)に「人間栄養学部 人間栄養学科」ができ、人間栄養学部の1回生は定員200名のところ249名の学生の入学があり、定員オーバーの謝罪に厚労省に出向いたとお聞きしております。2013年(平成25年)3月まで在職されましたが、いまこうして多くの学生に支持され、専門的な学びの場として成長してきたのは、田中先生の強い意志と行動力があったからこそになります。
田中秀夫先生は、明るく元気な笑顔で学科を引っ張り、教職員全員を一つのチームとして結束させました。とりわけ、管理栄養士国家試験の合格率向上を目指して、教員間の協力体制を強化し、活気ある指導体制を築きました。
200名もの学生を相手にしても、その指導はブレることなく、ぐいぐいと力強く、どこか温かくて、ユーモアも忘れず、学生たちも不思議としっかりついてきてくれました。
「一人ひとりをちゃんと見てくれている」――そんな信頼が、田中先生と学生の間に自然に育まれていたのです。
さらに、田中先生は教員同士のつながりにも心を配っておられました。季節の節目ごとに親睦の場を企画し、ノンアルコールビールを飲みながら、和やかな交流を楽しんでいた姿も、学科の雰囲気を語るうえで忘れられない思い出です。
現在は、つくば市文化協会の会長として、また豊里俳句短歌の会の代表として、ますますお元気にご活躍の田中先生。自然を愛し、人とのつながりを大切にされるその眼差しは、先生の俳句にも表れています。
〈冬枯れの つき当りなり 筑波山〉 作:榎 田秀 とよさと俳句短歌合同作品集より
(人間栄養学科 教授 佐々木 弘子)